さわみや歯科医院

院長プロフィール

澤宮 雄一郎 さわみや ゆういちろう /院長

●趣味
ドライブ・バスケットボール
●休みの日の過ごし方
ドライブ・買い物
●宝物
妻・さわみや歯科医院のスタッフ
●好きな有名人
伊達政宗
●好きな食べ物
ビール・焼肉.・鶏天
●仕事をする上で心がけていること
親しみやすく、来院しやすい雰囲気を作るため、笑顔と気配りを 心がけて診察しています。
●当院の受診をご検討されている方へのメッセージ
患者さんに「さわみや歯科医院を受診してよかった」と思って頂けるように診療いたします。お口のことでお困りのことがありましたら是非来院されてください。

院長さわみやの来歴

前置きとして・・・

院長さわみやです。私の人となりを簡単に記載するつもりが、いつのまにか私の半生を長々と綴ってしまいました。
全然興味がないと一蹴されるのを覚悟しつつ、ひとまず載せてみます(汗)恥ずかしながら、コメントなどありましたらお問い合わせフォームにて受け付けていますので遠慮なくどうぞ(汗)ちょっと期待している私なのでした(汗)

小学校時代

私の小学校時代は、よく外で遊ぶ子どもでした。学校の中休み、昼休みはドッジボール。そして放課後には、友達と野球かサッカーをしてよく遊んでいました。また、その頃に流行っていた「キャプテン翼」の真似事、「キン肉マン」の消しゴム集め(通称 キン消し)、技の掛け合いなどにもハマりました。

習い事はピアノと剣道をしていました。ピアノ教室には友達と遊んでいる合間に通っていた為、いつも手は泥だらけの状態でした。そのため毎回、ピアノの先生に「座る前に手を洗いなさい。」と注意されていました。小学校入学から始め、6年生まで教室に通っていましたが、私とピアノの相性が悪かったのか、まったく上達しませんでした。この6年間で自信をもって弾く事ができるのは、「猫踏んじゃった」くらいです。

剣道は、祖父が道場を開いていたので自然と剣道をさせられる羽目になりました。三歳くらいから小学校6年生まで習いました。一応、段保有です。でも、初段です。(笑)

この内容からも、お分かりの通り勉強についてはあまり考えていませんでした。しかし、卒業のタイムカプセルには「歯科医師になる。」と図々しく書いていました。

〜中学校時代〜

私の中学校時代は、バスケットボールに明け暮れる毎日でした。 入学した中学校に剣道部がなかったため、当時友達が多く入部したバスケットボール部に入りました。祖父の剣道場に、バスケットゴールを付け、部活が終わった後も一生懸命練習をしていました。父にもよくバスケットボールの練習に付き合ってもらいました。

父は一言でいうと熱い男です。父も歯科医をしており、仕事をする姿はとてもカッコよく映っていました。中学生の時にも、歯科医師になりたいという思いをもっていましたが、「将来の為に勉強しておこう。」という思考には繋がりませんでした。

しかし、もっと勉強しておけばよかったことに、しばらくして気づきました。

大好きなバスケットボールの強豪高を受験しましたが、見事に失敗。

初めての挫折でした。

悔しくて、もう一年勉強し直して再チャレンジすることを心に誓いました。

〜高校浪人時代〜

友達は高校生活を謳歌している中、予備校に自転車で通学する私。 自転車で高校生とすれ違う度、悔しさと悲しさが込み上げてきました。

「負けてなるものか!!」と何度も心の中で自分に渇をいれました。 必死に受験勉強を頑張りました。

その甲斐あってか、1年後には志望校に合格することができました。

〜高校生時代〜

進学したかった「大分雄城台高校」に入学、挫折もあったので文武両道で・・・と思いきや、人間とは忘れる生き物ですね。勉強よりも部活(もちろんバスケ)で、厳しい練習にあけくれ、その甲斐もあってか・・・?2年生の時は、総合選手権に、3年生の時はインターハイに行くことができました。チームで1つの目標に向かい達成することの喜びを強く感じた時でした。

しかしいつまでもそんな余韻に浸っている場合ではなくなったのです・・・(焦)

それは・・・今後の進路です。部活に全力投球していたこともあり勉強はイマイチ。しかしそんな私でも子供のころからの夢、『祖父や父と同じ歯科医師』になることは捨てたくはありませんでした。

色々な歯科大学の赤本などをみて情報を見まくりました。(必死で)歯科医師になりたいという情熱?と3年間全力投球で打ち込んでいた部活のおかげ?もあり大学に合格するのでした。(喜)・・・推薦だけどね(笑)

〜大学時代〜

長野県の松本歯科大学に入学しました。念願の歯学部です。・・・(推薦入学ですが・・・バスケットボールのおかげですかね(笑)

大学生活は各都道府県から集まっているのもあり、私の視野を広げてくれました。そして周りに関西人が多かったためそしてそこでの友人が大タイガースファンだった事もあり、私も次第に引き込まれていくのでした。

そんなことで親の目から届かない生活を桜花していて、大学の5年生になり、院内実習が始まるとこれまでの生活とは違い、実際の歯科臨床の場を体験、そして課題も多くなり、そのカリキュラムをこなしていくのがやっとでした。 様々な科の臨床実習を回っていくのですが、ここで一つの運命の出会いがあるのです・・・大袈裟ですが(焦)

それは保存科(主に虫歯や根の治療を専門)を回っていた時でした。当時講師で私を担当していただいたインストラクターでした。
「歯科医師になる」という目標はあったもののまだ漠然としていましたがこの先生によく面倒をみていただいたおかげで、後にこの保存科に入局するきっかけになったのは紛れもなく先生のおかげでした。

さて6年生になると今後の人生を決めるイベントがやってきます。そう。歯科国家試験であります。これに受からなければ、「歯の知識が少々ある人」なのです。いやぁ~さすがにただの人にはなりたくなかったので勉強しましたね。その成果も実り晴れて合格。祖父・父・そして私3代目の誕生の瞬間でした。(笑)

〜勤務時代〜

臨床実習でお世話になった先生からのお誘いもあり、 歯科大学病院に入局するのでした。

しかしすぐに自分の未熟さを知り、挫折を繰り返す毎日でした。学生時代の知識では日々の歯科治療に活かせず、それと患者さんとのコミニケーションの難しさにもぶち当たり苦悩していました。上司からの厳しい指導なども受け、暖かい指導と分かりつつも「あ~逃げ出したい」と思うような毎日でした。しかしそれと同時に「ここで逃げたら負け」と思い、患者さん、自分、自分に関わる人のために仕事、勉強に励みました。この経験があるから今があるんだなぁと思います。

そして2005年4月から大分県の杵築市の「宮本歯科医院」に勤務させて頂きました。
ここで開業医としての経験を学ばせてもらい居心地も良かったせいか5年もお世話になりました。

2010年9月大分県大分市中戸次に「さわみや歯科医院」を開院しました。

なぜここの地区で開院しようと思ったのは、勤務している時から「自分を活かしてもらえるところはどこだろう」と色々土地探しをしていたところ今の開院した土地を紹介して頂いた時、周りの環境も良かったのですが、なんだか「ビビビ」ときたのです・・・(なんか古い(汗)、ですよね)

〜現在〜

現在「さわみや歯科医院」は多くの患者さまに支えられ、愛されています。またスタッフも日々成長していってくれています。

これからも私達は日々の成長を怠らず、もっと患者さんに愛され、信頼されるような歯科医院を創っていきたいと思います。

“さわみや歯科医院に関わるすべての人を幸せにする“ という経営理念のもと中戸次から笑顔、元気、安心感を発信していこうと思っています。

これからも「さわみや歯科医院」を末永くよろしくお願いします。